国鉄二俣線時代を知ることができる天竜二俣駅の鉄道歴史館を見学

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天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅で毎日開催されている転車台&鉄道歴史館見学ツアーに参加してきました。この鉄道歴史館は鉄道の敷地内にあるため、自由には見学できません。このようなツアーに参加して初めて見学できる施設になります。歴史館の場所はこちらの扇形機関庫の左隣の古い木造建物です。

扇形機関庫 天竜二俣駅

天竜浜名湖鉄道(天浜線)は静岡県掛川市の掛川駅から浜松市天竜区の天竜二俣駅を経て、湖西市の新所原駅に至る路線です。旧国鉄の二俣線を引き継いだ路線です。国鉄の時代には、遠江二俣駅と呼ばれていました。

国鉄東海道線の浜名湖橋梁が普通になった場合(浜名湖付近で海岸部を通る東海道本線が敵軍の攻撃により不通になった際を想定)に備えて、東海道本線のバイパス路線として旧日本軍の要請で建設された路線です。

東海道線のう回路として実際に使われたのは以下の3回が記録に残っています。

  • 1944年(昭和19年)12月に東南海地震で東海道本線が大きな被害が発生した際
  • 1945年(昭和20年)7月24日に東海道本線が空襲によって不通となった際
  • 1945年(昭和20年)7月30日に浜松駅周辺が浜松空襲と同時に行われた艦砲射撃で不通となった際

とはいえ、非電化の単線ローカル線で輸送力は限られるので、本当に必要な輸送にとどまっていたのではないかと思います。

天竜二俣駅 鉄道歴史館

赤く塗られているので消防用のポンプ車でしょうか。

天竜二俣駅 鉄道歴史館 消防ポンプ車

C58が走っていた頃の写真がポスターになっていました。

天竜二俣駅 鉄道歴史館 国鉄二俣線

携帯式電話機です。携帯式電話とは言っても今のように無線で通信できるわけではありません。この箱ごと電話機を持ち歩いて、必要な時は近くの鉄道専用電柱の端子箱に電話線をつないで手回しハンドルを回して相手を呼び出し通話していました。

携帯式電話 天竜二俣駅 鉄道歴史館

ただ、鉄道の保守をする上では、必ず近くに鉄道専用電柱はあったと思うので、便利だったのではないでしょうか。

携帯式電話 天竜二俣駅 鉄道歴史館

単線の鉄道では両方向から列車が来ると途中で衝突してしまうため、列車交換ができる駅ともう一つの列車交換ができる駅の間に一つの列車しか運行できないようにしていました。この線路の一定の区間に一つの列車が入ると閉塞された状態になります。このとき、列車にはタブレットという通票(通行手形)が手渡されます。

こちらはタブレットを発行し開票するための機器です。

天竜二俣駅 鉄道歴史館 閉塞機 タブレット

こちらがタブレットです。

タブレット 天竜二俣駅 鉄道歴史館

タブレット 天竜二俣駅 鉄道歴史館

二俣線での実際のタブレット交換の様子はこちっらで見ることができます。

腕木式信号機が国鉄時代には使用されていました。しかし、天竜浜名湖鉄道の第三セクターの運営に転換されてから色灯式信号機に交換されています。かつて使用されていた腕木式信号機の一部が鉄道歴史館に保存されていました。

腕木式信号機 天竜二俣駅 鉄道歴史館

こちらは気象警報等が出た場合に真ん中の黒い帯の部分に警報の種類を書いて注意を呼び掛けていました。

警報板 天竜二俣駅 鉄道歴史館

こちらはポイントなどを集中制御するための装置でしょうか。

集中制御装置 天竜二俣駅 鉄道歴史館

レールにも何種類かあります。

レール 天竜二俣駅 鉄道歴史館

硬券が発行されていた当時の機械やコインを収納する装置などがあります。

事務机 天竜二俣駅 鉄道歴史館

硬券 発券機 天竜二俣駅 鉄道歴史館

桑田佳祐 CM撮影 天竜二俣駅 鉄道歴史館

桑田佳祐CM撮影(平成13年9月16日、17日)という看板が気になったので調べてみると、コカ・コーラのCMを天竜浜名湖鉄道の三ヶ日駅で撮影したようです。こちらの動画です。奥に見えるのは浜名湖だったのですね。

撮影の当日は駅にものすごいライトの明かりがキラキラしていて、大型クレーン車もあって、まるで事件や事故でもあったかのようだったと綴られているブログもありました。

アニメ映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の製作に向けて、庵野総監督本人も2017年6月にロケハンでこちらに来ています。

庵野秀明監督 天竜二俣駅 鉄道歴史館

エバンゲリオン 天竜二俣駅 鉄道歴史館

こちらが転車台です。

天竜二俣駅 転車台

列車の車検整備を行うための整備庫です。

検車庫 天竜二俣駅 鉄道歴史館

見どころたくさんのツアーでした。

 

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