深谷市の渋沢栄一氏の生誕地を散策

ゴールデンウイーク に本庄に行く機会があったので、少しだけ足を伸ばして深谷市にも寄ってみました。お札の件で話題になっている渋沢栄一の記念館を見るためです。ナビにセットして道案内してもらいました。

渋沢栄一記念館

着いてみると思ったよりも大きな記念館だったので驚きました。公民館も併設されているようです。

記念館の展示は残念ながら撮影禁止でした。どれだけ多くの会社の設立に関わったか参考になる情報が多く展示されていました。

どこの会社の設立に携わったのか、どの会社の取締役をしたのか等がパネルで一覧になっていたのですが、よく知っている会社ばかりです。日本鉄道等、今ではない会社もありますが、その後、国鉄に買収されているので今のJR東日本にあたる会社ということになります。

館内ではガイドツアーも実施されていて、沢山のお客さんがガイドさんの話を聞いていました。

二階には渋沢栄一の肉声を聞けるコーナーもあります。幕末から明治にかけて活躍した方の肉声が今でも残されているというのはすごいことだと思います。

こちらは記念館に併設されている体育館です。

二階の奥には図書館などもあります。

玄関の前にはテレビ局のインタビューに答えている人がいました。

渋沢栄一の生家

続いて生家にも行ってみました。車で10分弱のところにあります。

生家の前にも駐車場がありますので、車で行っても大丈夫です。

この同じ場所に渋沢栄一氏が生まれた建物がありましたが、明治20年に養蚕の事業を拡大するために建て替え、その後、明治25年に火事で焼失しました。

旧渋沢邸「中の家(なかんち)」は栄一氏の妹夫妻によって明治28年に上棟されました。木造二階建ての切妻造りになっています。建物の広さは約85坪です。

栄一氏が帰郷した際にはこちらに頻繁に立ち寄り、寝泊まりしていました。敷地内には栄一氏の父と母、養子の碑が立っていて隣接する青淵公園にも栄一氏の雅号「青淵」が冠され青淵由来之跡碑が建っています。

中の家の門の脇には昭和15年に建立された石碑には「青淵爺(せいえんおう)誕生之地」と刻まれています。

豪農だったということで、母屋も大きいですし、蔵もあります。

庭には銅像もありました。こちらで記念写真を撮っている人が多かったです。

旧渋沢邸「中の家」の土蔵です。

染料として使われていた藍を育てて藍玉を作るのが渋沢家の家業でした。渋沢栄一はこの藍を藍玉にして現金に換金するという過程や藍玉を売るときの相場の理解など家業の中で資本主義経済を学ぶことができたのだそうです。

玄関から少し入ったところまでしか入ることはできません。座敷などには上がることはできませんでした。ただ、これだけ部屋が並んでいると圧巻です。

血洗島という少し怖い地名の場所にあるのですが、その由来が紹介されていました。とは言っても血洗島村という名前がいつから呼ばれるようになったのかは分からないそうです。

庭には池があり、鯉も泳いでいます。

中の家は昭和60年から学校法人青淵塾渋沢国際学園の学校施設として使用されていましたが、平成12年に解散したため中の家は深谷市に帰属しました。

ゴールデンウイーク 中でしたが、もう閉館時間も近い時間だったせいか、さほど混雑していることもなく、ゆっくり見学することができました。

血洗島とブラタモリ

この深谷市がNHKのブラタモリで特集されていました。この血洗島という地域は利根川の扇状地となっています。利根川は暴れ川で大雨による強い流れでよく流路を変えてきました。そして少しだけ高くなっている微高地が点在していて、血洗島は中洲だった微高地に残った場所になります。最初は川が土地を洗うということで「地洗島」だったもののこの土地で戦があって血洗島に改められたのではないかと番組ではしょうかいされていました。

仁義や道徳と経済で利益を求めることはどちらかを優先することだけはなく一緒に進めていくものだということが渋沢栄一の考えでした。

渋沢栄一は国が繁栄するためには誰かが利益を独占するのではなく国民みんなが豊かになるべきだと考えていました。どうして渋沢栄一がこのような考えに至ったのか、それは深谷の土地に大きく関係しています。

この地域の地質は砂じょう土と呼ばれる土壌で砂が4、粘土が6となっていて、水はけが良すぎるので田園にすることができませんでした。渋沢栄一が暮らしていた頃は藍の畑が広がっていました。今はネギ畑が広がっています。深谷市はネギ作付け面積が日本一になっています。

このネギ畑にみんなが豊かにという思想を育んだヒントがあります。深谷のネギは砂じょう土の土の中にしっかりと根を伸ばしていて抜こうと思っても簡単に抜けません。藍やネギを育てるためには最高の地質だということです。この藍やネギの作付けを通して深谷の人がみんな豊かになることを通じて渋沢栄一はそのような考えをもったのだそうです。

【2021/02/07追記】

東京都にも渋沢記念館

東京都北区西ヶ原の飛烏山公園内にも渋沢史料館があります。入館料は一般300円、飛鳥山の旧渋沢邸に当たる場所で、大正期の2つの建物と本館となる史料館が設けられています。

こちらが公式サイトです。

渋沢史料館|公益財団法人 渋沢栄一記念財団
渋沢栄一の活動を広く紹介する博物館として、1982年に開館。かつて栄一が住んでいた旧渋沢邸跡地に建つ。栄一の生涯と事績に関する資料を収蔵・展示し、関連イベントなども随時開催。旧渋沢庭園に残る大正期の2棟の建築「晩香廬」「青淵文庫」の内部公開も行う。

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