軽井沢で大正時代に「あめりか屋」が建設した旧近衛文麿別荘(市村記念館)を見学

市村記念館(旧近衛文麿別荘)

 軽井沢町の博物館など6館に入ることができる入館券を使って、軽井沢町歴史民俗資料館分室 市村記念館に行きました。

 駐車場は歴史民俗資料館と共用になっていました。案内表示に沿って進みます。幹線道路からも近い場所なのにクマが出て来るようです。クマは音に敏感で臆病なので携帯ラジオ・鈴・仲間との会話等で音を立てながら歩きましょうという軽井沢町の看板がありました。

市村記念館(旧近衛文麿別荘)クマ生息地域

  駐車場からは案内看板に従って、しばらく林の中の道を歩いていきます。

市村記念館(旧近衛文麿別荘)

 動物が入ってこないように電流を流した電線が張り巡らされていました。扉をひらくと中に入ることができます。

市村記念館(旧近衛文麿別荘)

 水路沿いの道を歩きます。

市村記念館(旧近衛文麿別荘)

 やがて、市村記念館が見えてきました。

市村記念館(旧近衛文麿別荘)

 この市村記念館は、もともとは大正時代に「あめりか屋」という洋風住宅を専門に建てる会社が建築しました。大正15年に野沢源次郎から近衛文麿が購入しました。そして、昭和7に市村今朝蔵が購入しています。市村氏は昭和8年に南原にこの建物を移築し、南原地区の発展に大きく寄与したそうです。この南原という場所が最初はよく判らなかったのですが、主にしなの鉄道から南側18号バイパスに挟まれた範囲のところを呼ぶようです。

 その後、平成9年に現在の場所に移築復元されて、市村氏の遺族より軽井沢町に寄贈されました。館内は撮影禁止でしたので写真は無いのですが、蓄音機や昔の手回し式の電話機など、なかなか実物を見ることができない品々も飾られていました。2階は大きな和室があり、この畳の上で思いっきり寝転がりたいという衝動にかられます。ただ、和室には入らずに廊下から中をのぞき見るだけにしました。市村今朝蔵、きよじ夫人の資料のほかに雨宮敬次郎、近衛文麿に関する資料なども展示されていました。

 雨宮 敬次郎は日本の実業家であり投資家です。「天下の雨敬」「投機界の魔王」「明治の鉄道王」などの異名をとった人で、結束して商売にあたった甲州商人、いわゆる「甲州財閥」と呼ばれる集団の一人です。長野県軽井沢町の基礎となる植林事業や、日本製粉の設立、東京市街鉄道や大日本軌道といった鉄道分野での事業などを行いました。

※旧近衛文麿別荘(市村記念館)は平成28(2016)年5月24日に軽井沢町文化財(指定19号)に指定されました。
※平成29(2017)年4月1日より資料館分室市村記念館から旧近衛文麿別荘(市村記念館)に名称変更しました。

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