武蔵野ふるさと歴史館を見学

日曜日に武蔵境周辺にいた際、少し時間に余裕があったので、武蔵野ふるさと歴史館というところに行きました。

場所は武蔵境駅と東小金井駅の中間、中央線の高架から少し北側にあります。

武蔵境駅から東小金井駅に向かって高架の北側を線路に沿って歩いていくとこちらの景色になります。この建物が武蔵野ふるさと歴史館です。

裏側に回り込むと、正面玄関がありました。

最初に第二展示室から見学しました。カメラ撮影オーケーです。

市内の古老から昔の話をインタビューしたカセットテープと録音機があります。今はデジタル化されて、部屋の中にあるタブレットで聴くことができるようになっていました。

こちらは昔のテレビです。昭和感が満載でした。

洗濯機が普及する前に使われていた洗濯板です。実はしつこい汚れではこちらの方が良く落ちるという実験を先日のテレビでやっていました。

氷で冷やすタイプの冷蔵庫です。ネタが乾燥せずに適度に冷やしてくれるので、今でも寿司屋さんなどで使われているということを聞いたことがあります。

一トン爆弾です。こんなものが空から落ちてきたら怖いです。

今でも武蔵境駅南口にある杵築大社にある富士塚の写真がありました。

井の頭池の弁天様です。

甲武鉄道の絵地図です。小金井桜など人気の観光スポットがありました。

続いて、中島飛行機武蔵製作所の航空写真です。1944年に米軍が撮影した写真です。軍需施設のため、米軍の攻撃目標になったようです。

奥にあるのが電電公社の電気通信研究所、手前にあるのが、国鉄スワローズが使ったグリーンパーク野球場です。

グリーンパーク野球場のことは以前から聞いたことがあったのですが、写真で見たのは今回が初めてでした。都心から離れすぎていてお客さんを集めるのに苦労したほか、神宮球場が使えるようになるなどの変化もあったので、こちらの球場は短命に終わりました。現在の跡地はURの住宅になっています。地図で見ると、昔、球場があったことを忍ばせる楕円状の道路がある事がわかります。

グリーンパークは現在は大きな公園になっていますが、昔は米軍住宅があったようです。

こちらは吉祥寺駅でしょうか。

今のサンロードのあたりでしょうか。昔、アーケードが付く前は普通のバス通りだったと聞いたことがあります。

三鷹駅の北口です。1950年の写真ですので、終戦から5年程度しか経っていないことになります。駅の周りに何にもありません。

境停車場は武蔵境駅に名称変更されました。小金井桜を見に行くお客さんの利用が見込まれていたそうです。駅の前に凱旋門がありました。日露戦争終結直後に建てられました。

昭和40年代には井之頭公園の御殿山周辺でスキーをして遊んでいた子どもがいたようです。

こちらのテレビはタッチパネル式になっているのですが、なぜか反応しませんでした。

武蔵野市のマスコットキャラクターですが、武蔵野市を上から見たときの形にしてあるのだとようやく分かりました。

武蔵野市の歴史を知るには最適な場所だと思います。

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武蔵野ふるさと歴史館を見学の情報

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